霜田昌が見た建築の世界

元文部省技官(技術系行政官・1級建築士・設計事務所開設免許取得者)

■ コーヒーブレイク  ウイーンの広場にて 

 

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シュテファン寺院

 襟元にフレアのついた白いピエロのコスチュームと赤い三角帽子に顔を真っ白に化粧したパントマイムの青年が、黒い箱の上で先ほどから微動もせずに虚空を見つめていて、その前に座り込んだ二人の女の子が、ピエロの動き出すのを根気よく上目使いに見つめている。その一角だけが静かな初冬のウィーン、シュテファン広場。

16時に近いカールマルクト通りの日差しはだいぶ斜めに傾いて、まだ名残惜しげにショッピングを楽しんでいる観光客の足下を冷たい風が吹き抜けて行きます。さっと吹き込んだ一陣の風が赤い帽子を浮かせたとき、右手に持つ杖が機敏に反応して帽子を押さえたときの仕草が可笑しいと、子ども達が転げ回って喜んでいるのを横日に、足早な夕暮れを気にしながらシュテファンの寺院の正面入り口、リーセントアに向かいました。

シュテッフェルと愛称で呼ばれ、市民に親しまれている聖シュテファン寺院の高さ136メートルの南搭と、緑色の波形模様が一際目立つ主ドームの屋根が美しく夕日を受けて、圧倒的なボリューム感が近づく者を圧します。

ゴシックにしては、比較的地味なデザインのファサードから身廊に一歩踏み込んだ時の40メートルを超えるボルト天井の暗い高みに、ステンドグラスを通した光が柔らかく映えており、女声の静かなピアニッシモが身廊の高い柱の装動,に沿うように上の光に向かって流れています。女声コーラスが、突然全声フオルテに変わり、そして唐突に譜面台を激しく叩く音と鋭い叱正が堂内に響きコーラスが止まります。何とはなくレコードによるBGMと思っていたコーラスは、主壇に向かって右側のシュテッフェル聖歌隊の練習でした。

その後、そのフレーズは繰り返し練習が続き全山練習が始まったのは半時間の後でした。

良く聞けば堂内に流れるコーラスは、そう間違いなくシューベルトの鎮魂ミサ曲G-duo。青年時代に文部省の階段室で練習したミサ曲の第2節サンクッスの一節に間違いないと思ったとき懐かしさと共に一段と感慨が深まリシンと心に染みわたりました。聖歌隊に近づき遠慮しながら最前席につくと、一つ一つの彫刻が素晴らしい廻り階段が日の前にあり、その横の隊席に50人ほどの聖歌隊が指揮者の説明を聞いていました。それから2時間息つく暇もない厳しい練習が続けられ、次々と指揮者の指摘が隊の緊張を強めて行きます。細いソプラノが天球に吸い込まれ、荘厳な男性のアルトが力強いバスに負けまいと必死の声を張り上げます。動くこともできないままに柱の陰の席から聞き惚れました。覚えていたフレーズの弱音部では遠慮気味に、フォルテ部ではやや声を大きくして同調して、隣に座る小さなお婆さんに両手で賞賛を受けて悦に入っていました。透明な音に満ちあふれ、遥かな天空の光を仰行する教会建築の精神性の高い空間での思いもかけない素晴らしいウィーンの一時でした。

余韻を楽しみながらの帰り道、改修工事中のオペラ劇場前等の広場でたむろする若者達のスケードボードの音が耳障りで逃げるようにホテルに帰りました。

文教施設02 2001春号 

文教施設創刊号・編集後記

この21世紀を通じて、わが国が人類の平和や地球環境の保護に寄与し、かつ活力ある国家として発展し、科学技術と文化による立国を目標として行くためには、基盤である教育・文化・スポーツ。学術・技術の振興がきわめて重要です。

特に、次代を担う子どもたちがたくましく豊かに成長することは、世紀にわたるわが国の発展の基本であるため、その育成・教育環境の整備は最重要な課題といえます。

政府はあらゆる社会システムの基盤である教育について検討をいただくため、昨年「教育改革国民会議」を設置し、新しい時代を先取りする改革を目指し積極的に議論を進め、昨年末にはその報告を受けて今後の改革の柱にすることとしています。

教育改革の視点として大学改革と学術・研究振興の推進は重要な点です。先年来文部省は、国際社会において国力にふさわしい役割を果たして行くための科学技術の発展の基盤となる学術研究の充実を推進するため「科学技術創造立国」を目指した施策を進めて参りました。また、本当の豊かさを実感できる社会の実現のために「文化立国」が提唱されており、スポーツについては、豊かなスポーツ環境の整備を目指して保健体育審議会による「21世紀に向けたスポーツの振興基本計画の在り方について」の答申により数々の施策が進められています。

さて、行政改革の一環として中央省庁の改革があり、本年1月、文部科学省がスタートしました。この記念すべき21世紀の初年に刊行される本誌「文教施設」は、このような社会の大きな変動期をとらえ、新しい文部科学省の出発に合わせて、教育。文化・スポーツ・学術・技術にわたる文教施設にかかる総合情報誌として創刊されるもので、関係者に大きな期待を持たれています。

施設づくりは多くの人の共同作業がその基本であり、このことは協働による豊かな社会の実現を目的とする教育・科学技術・文化立国の理念に通底するものであると考えます。

これらのことから、このたび前誌「教育と施設」に続き新季刊誌「文教施設」の編集委員会の委員長をお引き受けすることになりました。

 


・2001年1月創刊号・■編集後記

本誌がよりよい文教施設づくりのために充分に活用され、新しい時代に適応した豊かで潤いがあり、機能的でかつ永続性のある文教施設づくりが進められることを期待しています。2001年1月編集後記 2001年1月号創刊号短時間での原稿依頼や取材、広告のご協力などずいぶん無理なお願いをして制作した創刊号です。たくさんの人に助けられて予定をクリアーすることが出来ました。成果品は紙数、時間等に限られて必ずしも完璧ではありませんが、お許しいただいて次号をご期待ください。感謝(霜田)/世紀をまたいで創刊号の編集作業に追われた。さらに悪いことに、質の悪い風邪をもひきずったまま年越し。おかげで、21世紀最初の年賀ハガキを出しそびれ、「2001年苦痛の旅」を予感させる。(吉尾)/創刊号立上げに参加でき、一部写真取材に同行し、産みの苦しみを味わいつつもやりがいのある仕事なので次号へ(高橋)/汗と涙にまみれた創刊号です。味のある見やすい情報誌をめざして、また戦い[苦笑]の日々へ(武生)